ソウル雑踏事故 その1
10月29日夜、韓国ソウルの梨泰院でハロウィーンを楽しむ大勢の群衆が、折り重なるように倒れ圧死した雑踏事故は、死者156名負傷者147名の前代未聞の大惨事となった。死傷者のほとんどが10代から30代の若い男女であったとういう。可哀想でやりきれない。繁華街の中の狭く、そしてわずか40メートルほどの長さの坂道に約1,000人ほどの人が密集したため、何かの拍子に転んだりした人の上に次々と人が倒れ込み、その連鎖でこのような大きな事故となってしまった。
警察への警備の要請、危険を知らせる電話は一番早いのはおよそ4時間ほど前にあり、その後事故直前まで何度か危険を知らせる電話があった。にもかかわらず、当局がしっかりとした対応をとらなかったという。事件後の現在は、警察の警備のずさんさが厳しく問われている。
我が国でも2001年平成13年に起きた、兵庫県の明石の歩道橋事故はまだ記憶に新しい。11名がなくなり、183名の負傷者が出るという戦後最大の群衆事故となってしまった。この事故は、多くの人出が予想されていた中での警察の警備計画の不備が指摘された。当時を覚えているが、事故に遭われた方々にはたいへんお気の毒な思いでいっぱいでした。
また、2016年成田祇園祭でのことが思い出される。この年私は、喪中ということで、祭りには参加せず見る側に回っていた。この年も例年同様、たいへんな人出があり、夕方以降は参道が人と山車で埋め尽くされていた。その晩はちょっと駅方面に用があり、参道に戻ってきたところで動けなくなった。そんな中でも駅からは見物客が次々と押し込むように流入、私の人生で最大の混雑、押し込められた満員電車状態のまま数十分くらいの気がしたが、体を動かすことすら出来なかった。ほんの10メートルほど先に、家内と孫の男の子と娘の亭主が居たそうで、命の危険を感じたと言っていた。幸いにも何事も起こらなかった。道路が平らだった、転ぶ人がいなかった、もっとも転ぶスペースはなかったが、とにかく良かった。あとから思ってもゾッとする。現在は仲町の坂周辺だけでなく、駅に近い辺りも人の出を見ながら、流入をコントロールするようになった。群衆事故の怖さを、身をもって体験した。


